鉄道アーティスト★小倉沙耶レポート★
三岐鉄道北勢線と軽便鉄道博物館
「快速みえ」に乗って、JR桑名駅に到着。
ディーゼルエンジンの音に名残惜しさを感じながらも、私は足早に西桑名駅へと向かっていました。この日は、鈴鹿サーキットでF1鈴鹿グランプリが開催された影響で、少し列車に遅れが発生していたんです。
同じように急ぎ足の方の姿もちらほら・・・
JRの改札を抜け、桑名駅のバスロータリーを抜けると、黄色い車両は私達を待っていてくれました。
ホッとして乗り込み、列車は出発!ナローゲージ、三岐鉄道北勢線の旅の始まりです。
ナローゲージとは、一般的な路線に比べて線路幅が狭いことを指します。
北勢線の線路幅は762mm。
JRの在来線は1,067mm・新幹線や私鉄の一部は1,435mmですから、
いかに北勢線の線路幅が狭いかが分かるかと思います。
なんといっても、ロングシートの車両で足を伸ばせば、反対側に足が届きそうなくらいなんですよ。
2001年まで、この路線は近畿日本鉄道の所有でした。
ところが収支の悪化により、近鉄が廃線を表明。
沿線住民による反対運動の中で、
三岐線を所有する三岐鉄道に自治体が運営移管を打診しました。
三岐鉄道側がこれを了承し、北勢線は廃線を免れたのです。
三岐鉄道北勢線となって以降は、
活性化のために運行ダイヤを見直したり、路線や駅・車両設備の近代化を進めています。
真新しいバラストから、その意気込みが伝わってきますね。
桑名市を抜けて員弁郡へ入ると、田園風景が広がり、のどかな雰囲気。
「お姉ちゃん、何撮ってるの?もうすぐ右側にコスモスがいっぱい咲いてるから、それ撮りなよ」
これから阿下喜温泉に行くと仰るハイカーさん達が、教えてくださいました。
秋の晴天の中、揺れるコスモス。
員弁郡東員町ではコスモスまつりも開催中とのことで、北勢線では「コスモス電車」も走っていました。
終点の阿下喜駅に到着!
駅の隣には転車台。
そして、転車台の奥には腕木式信号機と建物が・・・
実はここ、「軽便鉄道博物館」という、1ヶ月に2日間開館する博物館があるんです。
全国的にも珍しいナローゲージ鉄道の歴史を伝える、
鉄道遺産ファンの私が前からとても気になっていた施設。
早速中に入ろうとすると、小さな電車が走ってきました!
「ホクさん」という愛称がついているそうで、私も早速乗せていただきました。
転車台の周りを一周するのですが、
見た目とは違い、乗車時間も長くてお子さんだけでなく大人の方もかなり楽しめます。
「ホクさん」出発の時横目に見た修復中の車両が気になったので、拝見させていただきました。
この車両は、北勢線の前身である「北勢鉄道」の電化時に新造された電車、モニ226号車。
北勢鉄道で活躍した後、同じくナローゲージの近鉄内部・八王子線に転籍。
1983年に廃車後、四日市スポーツランドという施設で保存されていたものを移設し、修復作業をしているのだそうです。
特筆すべきは、製造当時の方法での修復作業を行っているということ。
現代の修復技術との差はかなりあり、とても大変でなかなか作業が思うように進まなくて・・・
とボランティアの方は苦笑していらっしゃいましたが、
完成すればその修復技術を他に生かすことができますし、とても素敵なことだと思います。
こちらは、作業中に出てきた部品の数々です。
盃をひっくり返した形のようなものは、お椀型ベンチレータ。
そしてその隣の曲がった木材は、ベンチレータを支える部材なんだそうですが、これを当時と同じ方法で作ることに、かなり苦労されているんだそう。
時間をかけて少しずつ曲げて、形にしていくという話をお聞きして、大変だなぁと思うと同時に、こうやって愛されている車両は幸せだとも感じました。
そして、軽便鉄道博物館のシンボルの一つともなっている、腕木式信号機。
JR名松線家城駅にて2004年1月まで使用されていたものを、譲り受けたものだそうです。
家城駅の腕木式信号機は、何度も撮影に訪れただけに、感慨もひとしお。
軽便鉄道博物館のシンボルとして、再び立っている姿を見られて幸せでした。
博物館内には、モニ226号車から出てきた部品やナローゲージに関しての貴重な資料、写真などがたくさん展示されています。
開館日は毎月第一・第三日曜日となっていますので、皆さんもぜひ行ってみてくださいね!
私も、またゆっくりと訪れたいと思います。
「え?もう行っちゃうのかー。今からあそこに行くの?またゆっくり来てね」
と、ボランティアさんの声。
そう、この日はもう一つ行きたい所があったんです。
後ろ髪を引かれる思いで、行った先は・・・
次回の「小倉沙耶レポート」に続きます。どうぞお楽しみに!
鉄道アーティスト 小倉沙耶レポート
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