#231「自由」
上野駅の中央改札口の上には、横幅いっぱいにほのぼのとした絵が広がっています。コントラストもそうきつくない、やさしい色合い。牛や馬、木々に裸婦、足を出してくつろぐ男女。どこにも先を急ぐようなせっかちな空気は感じられません。駅を飾る大作ですが、自動車はもちろん鉄道の姿も見えません。「乗りもの」として描かれているのは、牛、馬。この絵のタイトルは「自由」。猪熊弦一郎の作品です。
猪熊源一郎というと、私たちに一番なじみ深い作品は「三越の包装紙」でしょう。あの、白地に赤い不規則な模様が染められたデザインの紙は、「華開く」という名が付いているそうです。しかもその出来上がり原画を受け取りに行ったのは、当時三越の宣伝部に勤務していた漫画家のやなせたかしさん。この包装紙をデザインした翌年の1951年に「自由」は描かれました。
戦争が終わってまだ6年。東京の街は復興途上。上野駅の周辺には戦災で家族を失った人もいたでしょう。「自由」ということばの輝きと価値は、今から想像できないほどの大きさだったはずです。そう思ってみると、描かれているひとりひとり、一匹一匹の様子が、なるほど自由を謳歌しているように見えてきます。上野駅をご利用の際はぜひ、ちょっと時間に余裕をもってこの絵を見上げてみてください。懐かしさと清真な気持ちが、心のなかに「華開く」ことでしょう。