#006 『 登場人物の愛車 』
小説を読んだり、映画を見たりしていると、登場人物がどんな車に乗っているかが気になります。「乗りもの好き」の性分です。
しかし単に「車」と書かれるよりも、車種や色の記述があると、その人物の人となりがイメージしやすくなるのは間違い有りません。車は相当に「記号」としての役割を果たすんですね。
例えばベストセラー小説の中から「印象的な車」を手繰って見ると…。奥田英朗の『イン・ザ・プール』シリーズの主人公・伊良部一郎医師は「黄緑色のポルシェ」に乗る。脳天気で常識に囚われないぼんぼんドクターにいかにも相応しい。
重松清の『流星ワゴン』では「ワインカラーのオデッセイ」が主人公を時空を超えた旅にいざなう。この車の主は事故死した親子だから、現代のファミリーカーの象徴として順当な選択。
桂望実『県庁の星』の主人公である31歳独身上級職公務員は、「白いマークII」を所有。合コンで知り合った23歳の女性に「うわっ、公務員って感じ」とまで言われている。どれもこれも、車種を示す意味が十二分にあることがおわかりでしょう。
しかし何と言っても「車」がやたら出てくる小説は、絲山秋子の『スモール・トーク』。
15年ぶりに会う昔の男。今や羽振りのいい音楽プロデューサーは主人公である女性(=昔の女)のもとへ来るたび車が代わっている。
TVRタスカン、ジャガーXJ8、クライスラー・クロスファイア、サーブ9-3カブリオレ、アストンマーチン・ヴァンキッシュ、アルファGT…。
まあ外国車好きなら一度は乗ってみたい車がずらり、という感じです。スノッブな売れっ子の選択として実にわかりやすい。かつて2人の仲をとりもった、主人公にとってのよき理解者である人のいい男性が、プリウスに乗っている、というのも。
ことほど左様に、記号としての車は小説での人物描写に大きな影響をもたらすわけです。皆さんの回りの人々の愛車はいかがでしょう。ぴったりくる車、エッと思うような車。意外に「しっくり来る」ほうが多いのではないでしょうか。