
NPO「昭和の記憶」
日々失われてゆく高齢者の記憶。これを後世に残すのが私たちの使命です。
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昭和29年、小学5年生でした。横浜駅の少し先に高島機関区があって友達と機関車を見ていました。すると機関手さんが蒸気機関車の運転台に入れてくれて、何て言うんでしょうか、ぐるーって回転して入れ替えをするやつあれに乗せてくれました。今じゃ考えられませんよね。
高校生の頃でした。東口(当時表口と言ってました。西口は裏口とも言ってました)の郵便局あたりに萬珍楼があってクラブ活動の帰りに友達とよく鶏ソバを食べました。
三代目駅舎の頃の思い出です。
JR、私鉄が一番多く入ってくる横浜駅、今でもみなとみらい線の開通に伴う東急東横線の高架の撤去や駅通路の工事など、絶え間なく変わりつづけています。そして、新しいショッピングセンターのオープン。これは知っている人でも、しばらくぶりに行ったら迷うと思います。それだけ変貌を続ける、港町横浜とはいっても、横浜駅もやはり玄関口といえるように思います。
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