
NPO「昭和の記憶」
日々失われてゆく高齢者の記憶。これを後世に残すのが私たちの使命です。
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新宿駅。その時私は、スバルビルの下にある新宿の目を、昔TVでみて驚いたのを思い出していました。
私が集団就職で上京する、半年ほど前に、昔から良くお世話になっている叔父が、偶然東京に転勤になっており、就職、一人暮らし、学校など、一通りの生活に慣れた頃、叔父から遊びに来いと寮に電話がありました。
叔父が暮らしていたのは、下高井戸。駅は京王線沿線です。
電車(いや、あえて北海道出身ですから汽車とよびましょうか?!)は国鉄(当時)しか知らないですから、私鉄と言うものがあると言うだけずいぶん都会だと思いました。田舎から出たての16歳にはすでにオーバーフローと言う感じで、何とか新宿駅にたどり着き、京王線を探します。
その頃暮らしていた会社の寮は、千葉県柏にありました。常磐線を最後まで乗ると上野駅。そこから山手線に乗れば、新宿駅に着く、と言うのは前日に鉄道に詳しい友人に聞いていました。
上野駅を降りた途端、人人人・・・・・・。見たことが無いくらいの人です。丁度時はゴールデンウイーク。大変な賑わいです。
人の波に押し流されて行くと自然に山手線のホームについていました。そして山手線に乗車。しばし我慢で新宿駅に到着です。この我慢と言うのが、肝で、その当時は、人の多さにヘトヘトでした。駅に止まるたびに、沢山の人が降りたと思ったまた乗ってくる。ああ、なんて東京は人が多いところなんだろうと思いました。
上野駅で、人ごみに押されるように山手線に乗りましたが、たまたま乗った場所が良くて、国鉄(当時)を下車すると、そぐに京王線の案内がありました。人ごみを掻き分けてずいぶん歩いたと思います(実際はそれほどの距離ではないですね)。
切符を買うのも一苦労。国鉄(当時)の料金表と違っただけでとてもあせった記憶があります。
下高井戸発見!無事切符を買って、京王線に乗車することができました。
住所を頼りに叔父のマンションへ。
それほど長い間あっていなかったわけではないのでしたが、叔父の顔をみて、とても久しぶりのような気がして、上京してからずーと緊張していたものがほどけてゆくのがわかりました。
叔父の家に一泊して、さあ、後は前日の逆をやれば、柏につくわけです。
お土産ももらって意気揚々と京王線に乗りました。東京に出てきて、一人で遠出したのは初めてです。緊張もしますが、そこは若さがあったのでしょう。ちょっとした冒険気分です。少し楽しい気分でした。忘れもしません。天気がとても良くて、大変気持ちが良いゴールデンウイークでした。
やがて京王線は新宿駅へ到着。
改札を出ると・・・・・????どうやって国鉄(当時)の乗り口に行けばいいのかがわかりません。同じところを何度もグルグル、ぐるぐる。やっと改札を見つけました。西口改札(その時は改札口が沢山あるなんて知りません。国鉄の改札くらいの認識でした)です。助かった!って思いました。
ところがです。今度はどこで切符を買うのがわからない!人は沢山いるのに、ものすごく孤独な感じがしました。
探して、探してとうとう、叔父に電話をすることにしました。新宿にいる!って言ったのですが、口はどこかと聞かれました。ところが、自分がどこに居るかもわからず、回りを見渡すと西口交番の文字があって初めて自分が新宿西口に居ることに気がついたのです。
叔父がいろいろと教えてくれましたが、もうあわてていたので、ほとんど頭に入りません。叔父が新宿に来てくれると言うことでしたが、まっても待っても一向に来ません。私が待っていたのは西口の地下。叔父は車を地上に待機していたのでした。
いくら待っても出会えないわけです。心配になり叔父に電話をかけようと、公衆電話のところに行くと、今度はメモを紛失していることに気がつきました。
万事休す。新宿と言えば、スバルビルの新宿の目。そんなどうでもいいことを突然思い出しました。
とうとう私は、新宿で、遭難してしまいました。それからしばらくして、やっと叔父に会うことができて、上野駅まで送ってもらうことができ、無事寮に到着することができたのです。
いまは毎日新宿駅を利用しています。住んでいる場所も変わりました。いまでも、新宿西口に降りると、あの迷子を思い出して、自然と口元が緩んでしまいます。
あれほど人が多くて、本当に泣き出しそうな気持ちを思い出すと、なんて子供だったのだと、楽しい思い出としてよみがえってきます。新宿駅も近代化して行き、新しいサービスも増えて、どんどん進化していると思いますが、私の思い出の新宿駅は、まだ沢山残っています。新宿駅の変貌を見るにつけ、自分も果たして成長しているのか、心配になります。自分はちゃんと大人になっているのかな、って。
いまは良く西口でお酒を飲みますが、新宿駅といえば、西口!ってどこかにインプットされたのかもしれないですね。
心の和む投稿をありがとうございます。私も子供の頃母親に手を引かれて、よく新宿に連れて来られました。岡田さんの投稿より少し後、高層ビルが徐々に建ち始まった頃のことです。やはりスバルビルの新宿の目に驚き、泣いたかもしれない記憶がありますね。今は新都心としてますます発展する新宿駅。駅の工事も着々と進み、今でも迷子になってしまうのがご愛嬌です。ひとつの駅に温かい思い出が残って、大人になっても包んでくれている感じが伝わってきます。またの投稿をお待ちしております!
大崎君は僕の大学時代の友人です。たまには若い人からの投稿も欲しいということで、彼に頼んでみたところ、新宿駅にまつわる思い出を寄せてくれました。 確かに、時間によって、目に映る駅の風景というのは変わるものだと思いますが、新宿駅のような旅客利用者数世界一のターミナル駅ともなると、その変化の激しさも相当なものなのでしょう。 そして、その変化の潮流を作っているのは、紛れもなく、そこを足早に通り過ぎる一人ひとりの人間です。「駅の記憶」が駅を行きかう「人に対する記憶」に結びついてしまう、という彼の言葉にも納得できます。
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