
NPO「昭和の記憶」
日々失われてゆく高齢者の記憶。これを後世に残すのが私たちの使命です。
http://mose-blog.seesaa.net/
札幌を離れて三十年になる。
それでもまだ強烈に、この耳に残っているものがある。蒸気機関車の汽笛の音だ。それは車内から聴いた音ではない。陸橋を渡っている時、不意に真下から響き起こった。汽笛は鼓膜を震わせ、この心の底にまで沁みてきた。その音が、殊更に悲しく聴こえたのは、隣に緑のマントを羽織った少女がいたせいかもしれない。わたしは少女の腕を抱いていた。わたしたちは小樽の海を見て帰ってきたところだった。──このまま、陸橋を越えて、改札を抜け、札幌駅を出たならば、ぼくたちは別れなければならない。汽笛が鳴りやんだ時、ふと、そんな予感に襲われた。
だが、次の瞬間、──どうして? ぼくらはこんなに愛し合っているのに。と、わたしはそっとかぶりを振り、陸橋の向こうへと歩き出していた。
札幌駅は、もう三十年、歩いていない。
朝松さんには先日初めてお会いしました。私が先生の著書のファンということもあり、お目にかかる機会を得たのです。先生には、『暁けの蛍』、『東山殿御庭』など、すばらしい著作がたくさんありますが、著者略歴に、札幌出身であるということで、今回の投稿をお願いしたのです。陸橋の真下から聞こえてくる汽笛、緑のマントの少女――情景が浮かんできます。
自分のエピソードに自分でコメントをつけるのも面映ゆいですね。札幌駅の印象は薄いのですが、発車を待つホームの情景はよく覚えています。駅弁を買ったのは、今回「駅の証人に聴く」の鹿野さんからだったかもしれませんね。ちなみに、受験は落ちました。。。
NPO「昭和の記憶」
駅の記憶では、みなさまより駅にまつわるお話を随時募集しております。懐かしい思い出話、駅の以外な一面、心あたたまる話など、ありましたら駅の記憶までご投稿ください。
みなさまのご投稿をお待ちしております。
[投稿規程]
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 第07話 札幌駅 駅の思い出
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://blog.ekitan.com/kiokumnt/mt-tb.cgi/332