駅の記憶

第07話 札幌駅
駅の思い出

第07話 札幌駅 駅の思い出

  • 朝松健 様(50) 東京都 作家
  • 札幌を離れて三十年になる。
    それでもまだ強烈に、この耳に残っているものがある。蒸気機関車の汽笛の音だ。それは車内から聴いた音ではない。陸橋を渡っている時、不意に真下から響き起こった。汽笛は鼓膜を震わせ、この心の底にまで沁みてきた。その音が、殊更に悲しく聴こえたのは、隣に緑のマントを羽織った少女がいたせいかもしれない。わたしは少女の腕を抱いていた。わたしたちは小樽の海を見て帰ってきたところだった。──このまま、陸橋を越えて、改札を抜け、札幌駅を出たならば、ぼくたちは別れなければならない。汽笛が鳴りやんだ時、ふと、そんな予感に襲われた。
    だが、次の瞬間、──どうして?  ぼくらはこんなに愛し合っているのに。と、わたしはそっとかぶりを振り、陸橋の向こうへと歩き出していた。
    札幌駅は、もう三十年、歩いていない。

第07話 札幌駅 駅の思い出

  • admin
  • 朝松さんには先日初めてお会いしました。私が先生の著書のファンということもあり、お目にかかる機会を得たのです。先生には、『暁けの蛍』、『東山殿御庭』など、すばらしい著作がたくさんありますが、著者略歴に、札幌出身であるということで、今回の投稿をお願いしたのです。陸橋の真下から聞こえてくる汽笛、緑のマントの少女――情景が浮かんできます。

第07話 札幌駅 駅の思い出

  • 盛池雄歩 様(36) 東京都 NPO代表

    今から20年近く前の話になります。大学受験のために、初めて北海道を訪問しました。 行きは切羽詰まった受験生、飛行機で新千歳に降り立ったのですが、帰りはやはり鉄道で帰ろうというわけで、 いっしょに受験に来た仲間数人と札幌駅に。
    まだ地上ホームだった先代の札幌駅から函館に向かう特急(たしか「北斗」)に乗りました。
    受験が終えた気安さもあって、駅弁とサッポロビールのぐい飲み(今は売っていませんね)を2本買って車内に。 まだまだ雪がたくさん残っている車窓を眺めながらぐいぐい飲みました。 すでにあたりは暮色に包まれ車窓を楽しむことはできませんでしたが、受験がすべて終えた安堵感は、今でもよく覚えています。
    函館駅に着いたのは9時半くらい、先代の駅舎には、旅館の客引きが多く出てきていて、私たちにも声をかけてきました。 東京ではもはや客引きはいないので、ちょっと怖いなと思いました。
    その後、青函連絡船に乗るために、町の食堂に入って時間をつぶしました。青函連絡船は、私たちが乗船した数日後、廃止になりました。 甲板には、凍てつく寒さをかえりみず、名残を惜しむ人がおおぜい出ていたのをよく覚えています。

管理者コメント

自分のエピソードに自分でコメントをつけるのも面映ゆいですね。札幌駅の印象は薄いのですが、発車を待つホームの情景はよく覚えています。駅弁を買ったのは、今回「駅の証人に聴く」の鹿野さんからだったかもしれませんね。ちなみに、受験は落ちました。。。

NPO「昭和の記憶」

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