駅の記憶

第04話 鎌倉駅
駅の思い出

第04話 鎌倉駅 駅の思い出

  • 福中皓三 様(81) 鎌倉市

    memory_photo_01.jpg 私は、昭和30年ごろ、30歳前後で東京から鎌倉に移り住んだのですが、小学生のころから、夏になるとちょくちょく鎌倉の貸別荘に遊びに来ていました。
    当時は、別荘といっても今でいう別荘とは違って、小さな家でした。そのころ、鎌倉は軍人さん――特に海軍の軍人さんが多かったです。
    戦前は、葉山に泳ぎに行くと、岬に海軍の練習場がずらーっとありました。森戸海岸にもよく行きましたが、そこからもよく見えました。海軍が海に突っ込む練習をしょっちゅうやっていましたし。
    当時は、ほかにも幾つか別荘があって、当時体が弱かった文士たちが、健康のために鎌倉へ来ていました。当時から、鎌倉には文士や芸術家が多かったのです。海岸沿いには、有島武郎の弟で画家の有島生馬さんのアトリエもあり、行ったことがあります。
    特に、駅にはよく顔の知った有名人がぞろぞろいました。画家の鏑木清方(からぶき・きよかた)さんとか、伊東深水(いとう・しんすい)さん。それに、材木座には美智子様のご実家の正田家の別荘がありましたし、岸田劉生(きしだ・りゅうせい)さんも、鎌倉に来ていました。
    当時は、住人も少なく、観光地ではあったけれど、今ほど観光客もいませんでしたので、のんびりしていました。しかしながら、大晦日の日は、さすがに人が多く、風向きによっては、お参りに来る人の音がざわざわざわざわ聞こえてきたものでした。これはとても印象的でした。
    今はなくなってしまいましたが、駅前に変わった居酒屋があり、そこには里見狩(さとみ・とん)さんがよく来ていました。いつも着流しの浴衣を着て歩いていたものでした。武原はんさんもよく来ていました。文士の方々は、やはり着物が多かったような気がします。
    この居酒屋は、半分がおでん屋で、半分がお寿司屋さん。お店がつながっているので、お寿司を食べていると、おでんの匂いもしてきました。お店の名前はちょっと思い出せませんが、よく行った思い出のお店です。

管理者コメント

福中さんが今、お住まいの家の前住者は、山本五十六元帥だそう。そんな福中さんオススメのお店は、うなぎの「つるや」。田中絹代さんもお好きだったそうです。鎌倉に行かれた際は、ぜひ召し上がってみてください。

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