駅の記憶

第14話 秋葉原駅
駅の思い出

第14話 秋葉原駅 駅の思い出

  • 今井孝様(37) 東京都 NPO事務局長

    東京で一番印象に残っているのは秋葉原ですね。小学校高学年から電子工作に目覚めた私は、『初歩のラジオ』などの雑誌を読んでは「部品を組み上げてラジオを作りたい...」と思っていました。
    実は幼稚園のころ、電気を商売にしていた叔父に連れられて来たときに見知ってはいたのですが、いざ自分で行こうと考えたわけです。

    ついに小学生が一人で降り立った秋葉原。
    鉄道高架下に広がるその部品屋が販売しているのは、1個100円もしない抵抗やコンデンサといった電子部品。しかしそのプロっぽい世界で品定めをして、「これください」と買うまでのドキドキ感といったらありませんでした。

    ときには「33μFの電解コンデンサ、2つね」なんて大人の真似をして買ったり。マイクロファラッド、なんて単位を言うのがかっこいいと思ってたなんて、ませた子供でしたね(笑)

    そしてマイコン。
    昭和56(1981)年当時は、パソコンという言葉はありませんでした。マイコンとは、マイクロ・コンピュータの略です。当時マイコンブームがあり、本場 で触ってみたいと思うようになりました。駅前にメーカーがショールームを兼ねた体験施設を設置しており、そこに通ってはずーっとプログラムを入力していた ものです。当時はCDなどの記憶媒体はなく、カセットテープに記録したのです。しかし、ショールームでデータが記録できるわけはなく、自分が作ったプログ ラムは、リセットボタンと同時に消滅したのです...。

    後で気づいたのですが、自分は思い切り文系でした(笑)
    ゲームを作ってビル・ゲイツみたいになりたい! って思っていたのですが、そもそも無理だったのです...。数学と理科は赤点しかとったことないし(笑)
    今思えば、自分の興味だけに突っ走って、思うままに大人と肩を並べようとしていた自称神童の小学生時代が一番輝いていましたね。
    秋葉原に行くたびに思う、ちょっと懐かしい思い出です。

管理者コメント

小学生の頃から秋葉原駅に夢中になっていた熱い思い出を頂戴しました。 小学生の頃の今井さんの目に映った秋葉原の景色―― 色鮮やかなビルが軒を連ねた電気街に心を躍らせたのでしょうね。今でも古くからあるお店がちらほらと残っている秋葉原の街。買い物に加え、ぶらりと散策するのも楽しみの一つですね。 みなさまからの投稿を、ぜひお待ちしております。

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