
NPO「昭和の記憶」
日々失われてゆく高齢者の記憶。これを後世に残すのが私たちの使命です。
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わたしは新橋の佐久間町というところに生まれました。今は西新橋となっている所ね。店の名前になっている元の店主のマサコは大門の生まれだった。お互い生地は近かったな。彼女は大正14年生まれだったと思うから、ひとまわり年が離れているね。
昭和9年に東京で生まれました。親父が当時の西口のマーケット街に、「真交園」と「呑安」っていう飲食店を出していて、私も20代後半からその店を手伝い、2代目になりました。その後、ニュー新橋ビルに移り、今は2階で「初藤」という和食のお店を開いています。
新橋は、見ず知らずの人がお互い飲んでいても、飲んでいるうちに気心が知れて、そいういう親近感があふれる街なんです。「大衆的」という言葉がぴったりか
な。そこが、おじんの街であり、赤提灯の街であり、焼き鳥の街。それが、ビルになるとどうしてもその雰囲気が伝わらないんだよね。閉塞感があるでしょ。新
橋みたいにスキンシップできる街の雰囲気は少ないよね。そういった昔ながらの雰囲気は残しつつ、なおかつ周りがもう少し明るくなっていけばいいな。