駅の記憶

第11話 国立駅
駅の証人に聴く

  • listen_mainimg.jpg小疇(こあぜ)昌美さんは昭和15年4月21日国立生まれ。東京では珍しい苗字は姫路出身のご主人とご結婚されたからだそうです。ずっと国立に育ち、今も 実家の文房具店「金文堂」のレジに立っていらっしゃいます。ずっと見続けてきた国立駅は高架化工事によっていよいよ駅舎の解体が始まります――。学生街の 玄関口、国立駅。三角屋根の駅舎からまっすぐ伸びた大学通り。今回の「駅の記憶」は、昭和の匂いが今も漂う国立駅のお話を、本当に想い出となる前に伺いま した。

    ─ まず、お店を始められた頃のことから教えていただけますか?国立駅前は時代を感じさせるお店がいくつも残っているようですね。

    小疇:うちの並びに白十字っていう、喫茶店があるんだけど、その前は一橋館(いっきょうかん)っていうね、一橋の学生がほとんどだったんだけど、その寮っていうの、下宿屋さんだったのよ。
    その一橋館の端っこにね、ほんとにちっちゃなお店を出したのね。それが昭和22年頃かな。一橋館の一室じゃないけど、端っこを借りてお店をやったのね。そ れが最初。その後、駅前の日本通運の寮が燃えちゃって、その土地をたましん(多摩信用金庫)さんが買って、この一角を売りに出したの。それでここにうちだ とか「ロージナ茶房」だとか「邪宗門」(注:どちらも喫茶店)だとかみんな同じ頃にできたのよ。それでうちがビルに建て替えちゃったのが昭和47年、白十 字が48、9年にビルにしたのよね。「銀杏書房」ってあるでしょ、洋書屋さん。あれは古いのよ。うちより古いかも知れないよ。戦前からあるんだと思う。

    ─ 以前の駅前はどのような感じだったのですか?以前の写真で、駅前に三井銀行(現三井住友銀行)くらいしかお店がないのを見たことがあるのですが。

    小疇: あれは後からね。その前は駅前にあったのはね、一番角が、燃料屋さん。練炭だとか...昔で言うならね。井出さんっていって――今も桐朋(学園)のそばに住ん でらっしゃるけれど――、その隣りがね...うーんもうあと2軒隣りがね、エピキュールっていって喫茶店、食堂っていうような、学生街のお店っていう感じのお 店があったね。
    でも私はエピキュールには入ったことは、ない(笑)。結局まだその頃の学生は、喫茶店なんて。大人が入る店だから、入れなかったからね。

    ─ 箱根土地(プリンスホテルの前身)が入ってきて、街を作ったと伺いました。

    小疇: そうね。今たましんがあるのが、日本通運の社宅だったのね。それでね、3階建てかな4階建てかな、ビルみたいなので、建ったんだよね。それがね、何年だったかな。昭和28年くらいだったかな、焼けたので、それを取り壊してその後たましんさんが建ったのよ。
    そこのたましんを建てる前は広場だったから、そこで街頭テレビもやってたわね。力道山とかね、やってましたよ。のんびりした雰囲気だったね。それこそ雨が 降れば水浸し、冬になって木枯らしが吹き始めれば砂埃。舗装はされてないしね。でも街路樹はあったよ。この桜と銀杏は箱根土地が植えていったやつだから、 うん。

    ─ 大学通りの当時の雰囲気はどうでしたか?

    小疇:もちろん通りもこんなきれいに整備されてなかったし花壇もなかったし。
    猿回しがね、桜の木の下で。猿回しとかさ、蛇遣い――ハブの蛇ね――をやって、ガマの油じゃないけれど、薬を売るとか、いろんな人たちがここの桜の下で ね、やってたよ。一年中いるわけじゃなくて、大道商人っていうのかな、一年に一回とか二回とか来るような、そういうこともあったね。今はもう。それも30 年くらい前までだね。蛇を見せる見せる、っていってやってたけど、とうとう見なかったけど(笑)。

    ─ 国立駅の駅舎が取り壊されるということで話題になっていますね。あの三角屋根が目の前にあったんですね。

    小疇: 毎日見てるとね、それほどの想いはなかったんだけど、やっぱりなくなると寂しいよね。あって当たり前なのよね。私たちの感覚はね。
    武蔵小金井にも三角屋根の建物があるんだってね。それも国立より三ヶ月早く駅としてできたらしいけど、まだあったんだ(笑)って。国立があまりにも騒ぎす ぎてるから向こうはなくなってもいいっていう(笑)ことらしいなんていっている人がいたね。こちらは反対運動があるからね。また復活するんじゃないの、5 年後くらいらしいから楽しみに。できたら今の場所にないと意味ないような気もするけどね。

    ─ 金文堂さんは文房具屋さんですけれど、お客さんの様子も変わりましたか?学生街ということで学生さんの雰囲気などはいかがでしょうか。

    小疇: 学生さんは今、来ないもの。結局学校の中にお店が入ってるから。
    20年くらい前まではね、留学生が来るでしょ。そうすると、うちなんかにみえたときに、いろんな話をしたわよね。3年経って帰国するときに「帰ります!遊 びに来てくださいね、お世話になりました」っていって帰っていったものよ。今はそんなことないからね。あの頃も結構いたのよね、東南アジア系の方だけれど もね。今はトップに上りつめているんじゃないですか(笑)。

    駅舎がなくなるっていうのが報道されたでしょ、そうすると、「何年前の卒業なんですけど、報道を聞いてきてみたんですけど変わりましたね」とか「何十年ぶりで来た」っていう方も結構いらっしゃいましたよ。

    ─ 国立は著名な作家さんも生みましたね。

    小疇: 結構いらっしゃいますよ。でも(石原)慎太郎さんなんかはいらっしゃらなかったけど(笑)。嵐山光三郎さんとかよくみえますよ。あと、山口瞳さんもみえたし。...瞳さんはなくなっちゃったしね...。
    国立は街並をつくって、学校を移転して、そのときにはもう駅もあったのよ。
    今でこそあちこちにあるけど、学園都市のはしりね。


    聴き手、まとめ:NPO「昭和の記憶」

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