駅の記憶

 
アーカイブ一覧

  • 延伸工事完了後の井の頭線下北沢駅(昭和35年)小田急線と京王井の頭線が交差する下北沢駅。沿線に数々の大学があり、しゃれたお店や劇場が立ち並ぶことから、若者の街・ファッションの街として親しまれ ています。街全体が醸し出す気さくな雰囲気、戦後か...
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  • 開業80周年記念の渋谷駅(昭和40年) 開業した明治18年ごろは、まだ東京の郊外のひとつの街に過ぎなかった渋谷駅。鉄道の開通、増線とともに駅周辺や街全体が発展していき、今では東京の中心となっている渋谷。 今回の駅の記憶は、東京の主要駅、渋谷...
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  • 明治34年頃の川崎駅前。人力車の姿がみえる。3年前に市政80周年を迎えた川崎市。その記念に「音楽のまち」の中心として大ホールが造られました。一方で、歴史ある巨大な地下商店街も今尚、にぎわいをみせています。今回は、新しさの中にも古きよき時代の...
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  • 鉄道開業式当日の新橋駅(明治5年9月12日) 駅前のSL広場が目印の新橋駅。新橋駅は、明治5年に日本で最初に開通した鉄道のターミナル駅として、駅の歴史を切り開いていきました。当時は、会社の行き来には必ず経由した新橋駅。そこからサラリーマンに...
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  • 飯田橋駅を象徴する駅前のマンモス歩道橋(昭和58年1月) 日本が近代化へ向け大きく前進し始めた明治時代。甲武鉄道が開業し、都心部の起点となる飯田町駅が生まれました。これによりターミナルとしての機能を強めた飯田町。戦後は物流として人と物が集ま...
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  • 神田祭りに"神田っ子"の心意気が残る(昭和47年5月7日)世界に誇る電気街、秋葉原。戦後の高度経済成長期に大きく成長した家電業界。その中で、秋葉原はリーダーとして先駆的な取り組みを行ってきました。海外か らも注目され、秋葉原で家電を買い日本...
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  • 昭和20年の豪雪の年、線路を除雪する様子。高田の冬は、雪との闘いだった。 「この下に高田あり」と言われたほどの豪雪地帯、新潟県上越市。 上杉謙信のお膝元として栄えた越後・高田の城下町には、今もなおその伝統が息づいています。 信越線(直江津†...
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  • 出航する国鉄連絡船、眉山丸。連絡船と高松駅は切っても切れない仲、だった 四国の玄関口、高松。 かつて岡山・宇野からの連絡船が四国と本州との架け橋でした。 進学、結婚、瀬戸の花嫁...。舞うテープの中、四国の若者たちが 旅立っていった場所でも...
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  • 昭和40年前後の国立駅前広場。三角屋根とボンネットバスが時代を映す 一橋大学を擁する、日本でも有数の学園都市、国立。 その象徴が三角屋根をもって知られた国立駅です。 東京に現存する中で、2番目に古い木造の駅舎でした。 残念ながら高架化工事の...
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  • 初代横浜駅。起点の新橋駅と同じ形の双子の駅だった 日本で初めての終着駅、横浜駅。 乗り入れる鉄道会社が日本で一番多い駅でもあります。 多くの歌謡曲にも唄われる、港ヨコハマのハイカラなイメージとは異なり、駅を中心に連結し合った巨大な商業ビルと...
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  • 保存・復元工事が行われる東京駅丸の内駅舎と東京ステーションホテル 1964年以来、新幹線という日本の大動脈の起点となった東京駅。 一日あたりの利用旅客者数は新宿等のターミナル駅に比べて少ないものの、地方から新幹線を使って上京してきたことのあ...
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  • 戦後まもなくの時期の通勤ラッシュ 昭和25年 1日の乗降者数は全国第1位。151万人もの乗降客が日々新宿駅を行き来します。 私鉄を含む各社総合では347万人。新宿駅は世界最大のターミナル駅といってもいいでしょう。 また、新宿といえば若者の街...
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  • 乗客は急いで買い物――発車間際の札幌駅ホーム 夏といえば北海道―― バックパックを背負って降り立ったことがある方は少なくないでしょう。 札幌駅も近年建て替えられ、往年の雰囲気はすっかりなくなりました。しかし、北海道を代表する駅の風格は今も健...
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  • 皇太子(当時)ご夫妻と浩宮様ご一行が軽井沢駅にご到着 日本を代表する避暑地・軽井沢。 明治期から、日本の上流階級の社交場としても、その名を知られてきました。皇族、政治家、軍人、実業家、作家、来日した外国人たち――彼らは皆、列車で軽井沢駅に到...
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  • 昭和25年に建設された鉄筋の2代目駅舎(郷土出版社「目で見る宮崎・日南・串間の100年」) 昭和30年代――高度経済成長、東京オリンピックの開催など、日本が大きく飛躍しようとする時代、折からの観光ブームもあいまって、宮崎に数多くの観光客が押...
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  • 三角屋根がシンボルの駅舎(昭和38年) 三方を緑豊かな山に囲まれ、一方には海が広がる古都鎌倉――。その環境の良さから、当時は地方からたくさんの人々が観光や療養に訪れていました。 また、鎌倉といえば文士が好んだ土地としても知られ、多くの文人た...
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  • 観光客を出迎える旅館の番頭たち(昭和40年代)「新婚旅行のメッカ」であった熱海。今も温泉場として根強い人気を誇っていますが、開業から長い年月を経て、熱海の見せる顔は大きく変わりました。熱海の 大火、丹那トンネルの完成、東海道新幹線の開通.....
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  • 「金の卵」と称された集団就職の子供たち、農閑期の出稼ぎ労働者、志を胸に上京する学生...。上野駅は東北・北陸方面から多くの人たちを迎え入れてきました。 同時に、上野駅は、観光やレジャーに向かう旅行客たちの出発の場として、一年を通じて賑わっ...
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  • 下関駅西口 昭和30年頃「駅の記憶」第1回は、下関駅を取り上げました。かつては、「日本の玄関」として、特別一等駅としての地位を誇っていた下関駅――。今も、本州と九州を結 ぶ交通の要衝として賑わいを見せています。しかし、今年の初め、火災によ...
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  • 下北沢駅北口を出て右手にあるのが戦後から歴史を刻む「下北沢駅前食品市場」です。先代から数えて59年になる乾物商、志村商店の店主として下北沢の様子を見守りつづけてこられた志村高一さんは、昭和22年8月29日生まれの60歳。 駅周辺の...
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  • 濤川由雄さんは昭和11年3月8日生まれ。渋谷地下商店街振興組合の理事長として、現在も『しぶちか』活性化のためご活躍されています。ファッション・文 化、流行の発信地として若者や大勢の人で溢れる渋谷も、その昔は瓦屋根の木造2階建てがひしめいてい...
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  • 川崎駅から徒歩5分のところにある川崎市東田商店街。50年あまりに渡って、川崎と川崎駅の移り変わりを見守ってきました。その商店街の理事長、小林一郎 さんは、昭和12年5月3日生まれ、今年でちょうど70歳。川崎市役所の真向かいの林屋人形店を経営...
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  • 長尾武次さんは昭和8年8月2日生まれ。明治18年に創業した化粧品店の3代目として、新橋ニュービルにもお店を開いていらっしゃいます。ニュー新橋ビル 連合会会長、東京都港区商店街連合会副会長としても活動され、生まれ育った新橋地区活性化のため、地...
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  • 中村邦夫さんは昭和11年9月2日生まれ。昭和40年、飯田橋で「神田事務用品」を開業されました。飯田橋商店街振興組合の創業メンバーで、現在は代表理 事として地域の人々と共に、飯田橋商店街の活性化のため、様々な取り組みをされています。お店を始め...
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  • 森田俊一さんは昭和13年6月22日の生まれ。、総武線ガード下にある秋葉原ラジオセンターの中で「東京科学無線電機商会」を経営していらっしゃいます。 秋葉原はご承知の通り、近年では電気街からアニメ・オタク文化の発信地へと広がり、世界的にも有名な...
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  • 昭和39年の国体の時は、選手の皆さんが宿泊されました。 選手のお弁当を金谷山に運んだことを覚えています。麓まで車で行って、それからお袋といっしょにお弁当を背負って。 金谷山はスキー発祥の地で、当時、スキー客も増えてきましたので、乾燥室を作る...
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  • 高松駅前は今や巨大なビルが立ち並びます。駅舎・ホテル・シンボルタワー・ショッピングセンター。複合化されたビルを見上げるように、古いお店の残る一角 があります。旅館万喜屋さんは、その仲でもずっと駅を見続けてきました。今回は駅前旅館万喜屋のご主...
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  • 小疇(こあぜ)昌美さんは昭和15年4月21日国立生まれ。東京では珍しい苗字は姫路出身のご主人とご結婚されたからだそうです。ずっと国立に育ち、今も 実家の文房具店「金文堂」のレジに立っていらっしゃいます。ずっと見続けてきた国立駅は高架化工事に...
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  • 大熊裕司さんは昭和25年11月25日生まれ。生まれも育ちも生粋のハマっ子です。大熊さんが相鉄ジョイナス店の社長であり店長を務めていらっしゃる「実 門堂印舗」は明治18(1885)年の創業。122年の歴史を誇り5つの店舗をもつ、横浜市で一番古...
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  • 半世紀以上にわたり東京駅と共に歩み、そして東京駅の歴史をそっと見守り続けた小さなバーがあります。 バー「カメリア」。東京ステーションホテル内に昭和26年からある「列車の音を楽しめるバー」は、 今年3月、東京駅丸の内駅舎の保存・復元工事を機...
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  • 佐々木清喜さんは昭和25年11月28日生まれ。宮城県のご出身で、昭和41年に集団就職により上京しました。現在は新宿駅東口にある青果店・百果園新宿 店の店長をされています。有楽町店、高円寺店を経て、昭和57年より新宿店に勤務。以後、今日まで2...
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  • 鉄道旅行の楽しみといえば駅弁。今では、販売ブースで買い求めるのがふつうになりましたが、一昔前までは、駅弁の立ち売りが行われていました。 肩から提げた木製の箱に、駅弁をたくさん入れて、ホームで声を嗄らす売り子さん。今ではしだいにそういう風景...
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  • 軽井沢駅の昔に詳しい方々に集まっていただき、戦中戦後を中心にお話をお聞きしました。国鉄に勤めていらっしゃった斉藤和男さんと、武田進さん。そして、軽井沢駅で駅そば店を営まれる小川太郎さん。皆様に軽井沢駅の思い出を語っていただきました。─ 皆さ...
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  • 花堂純俊さんは昭和5年1月6日生まれ。昭和35年、転勤で鹿児島から宮崎に。その後、約24年間、宮崎駅の旅客掛に勤務。駅の変遷を肌で感じて来られた花堂さんに、新婚旅行客が大挙した当時の宮崎駅の様子についてお話を伺いました。─ 宮崎駅といえば、...
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  • 高柳英麿さんは昭和8年2月4日生まれ。生まれも育ちも鎌倉です。今も駅前のビルの経営者として、鎌倉を見守る高柳さん。著名人が集まる街、歴史と文化の街として名高い鎌倉の今と昔を伺いました。 高柳: 横須賀線の敷設は、明治22年の6月16日。現在...
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  • 川口市雄さんは昭和11年9月19日生まれ。現役の熱海市長です。丹那トンネルの完成や、新幹線の開通、新婚旅行のメッカといわれた熱海の黄金時代――。川口市長の目から見た移りゆく熱海の様子と、それぞれの時代に見せる熱海の顔についてお話を伺いまし...
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  • 徳田平八朗さんは昭和5年2月23日生まれ。生まれも育ちも上野です。お父様が創業された履物屋「丸徳履物店」の2代目として、今も上野の町で活躍されています。 上野駅は東京北の玄関口として、東北、北陸方面からの人々を受け入れてきました。集団就職を...
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  • 斎藤哲雄さんは昭和4年6月22日、山口県下関市生まれ。昭和22年に国鉄に入り、以来37年間勤め上げました。下関駅勤務時代は、出札を中心とした業務に携わりました。現在は、下関駅の歴史の研究に勤しまれ、その成果は、『下関駅物語』、『下関駅百年』...
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  • 福島信吉様 世田谷区北沢在住 「ジャズ喫茶マサコ」経営 昭和11年 東京都港区西新橋生まれわたしは新橋の佐久間町というところに生まれました。今は西新橋となっている所ね。店の名前になっている元の店主のマサコは大門の生まれだった。お互い生地...
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  • 伊藤雅一様 埼玉県ふじみ野市在住 昭和58年生まれ 109、HMV、マルイ、ロフト...。渋谷駅のハチ公口を降り、センター街の方へ向かうと、購買意欲を誘うような店舗が所狭しと林立している。 渋谷といえば日本でも屈指の流行発信スポットであり、...
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  • 一色令子様 神奈川県川崎市 アナウンサー たこ焼き、焼きソバ、フランクフルトにいなり寿司。〆(しめ)はスイカのカキ氷。 これは我が家の夕食メニューです。まるでお祭りの縁日のよう!? そうなんです。東海道の宿場町・川崎は、今でも祭りが盛んに行...
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  • 真部和昌様 ニュー新橋ビル2F商店街会長・和食「初藤」2代目 昭和9年に東京で生まれました。親父が当時の西口のマーケット街に、「真交園」と「呑安」っていう飲食店を出していて、私も20代後半からその店を手伝い、2代目になりました。その後、ニュ...
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  • 横山三四郎様 東京都杉並区 元新聞記者 わたくしは以前、千代田区に住んだことがあります。住所は千代田区飯田橋4-10-1-16××。もとはお堀だったので、江戸城内も同然のところでした。 1980年代の初め、わたくしがまだ現役記者のころのこと...
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  • 今井孝様(37) 東京都 NPO事務局長 東京で一番印象に残っているのは秋葉原ですね。小学校高学年から電子工作に目覚めた私は、『初歩のラジオ』などの雑誌を読んでは「部品を組み上げてラジオを作りたい...」と思っていました。 実は幼稚園のころ...
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  • 和栗清美様(60) 新潟県 NPO「昭和の記憶」理事の母駅前通りが劇的に変わったのは、「長崎屋」オープンのころでした。そのころ私は20代中頃。オープン当日は、駅前通りに鼓笛隊まで出るほどの大にぎわいで した。「こんなにすごいショッピングビル...
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  • 清水健二様(38) 東京都 金融業 学生の頃、瀬戸大橋が開通したので、仲間と二人で、寝台特急「瀬戸」で高松駅に降り立ちました。 当時の高松駅ホームには2つの立ち食いうどんやがありました。秋口の朝、早い時間だったのですが、もくもくと湯気を出し...
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  • 盛池雄歩様(37) 東京都 NPO代表 たしか中2の時、夕方、帰宅すべく、国立駅の改札を通り過ぎた時、いきなり駅員に腕を掴まれ、「それは、何だ?」と私の定期を指さしまた。 動転した私は何のことかわかりませんでしたが、まもなく、定期が切れて1...
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  • 匿名希望 G . M横浜駅、はじめて訪れたのは高校生のとき。横浜スタジアムで歌手のコンサートがあるからと、後輩と二人、田舎からでかけて行きました。当時横浜、いや神奈 川県などはほとんど行ったことがなく、まずどの電車に乗れば行けるのか、それす...
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  • 匿名希望 K . S 杉本さんは常連のお客様やスタッフからも「キャプテン」と呼ばれて慕われていました。 とても気さくな方で、お酒のこと、カクテルのことなどをいろいろと教えてくださいました。 オリジナルカクテルの数々や、おすすめのウイスキーな...
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  • 大崎裕司 様(28) 杉並区 会社員 新宿駅のことについて思い出すときに、やはり常について回るのは、新宿駅そのものに対する記憶というより、そこを通り過ぎるたくさんの人々に対して感じたことの記憶です。 新宿駅が出てくる一番古い記憶は、多分小学...
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  • 盛池雄歩 様(36) 東京都 NPO代表 今から20年近く前の話になります。大学受験のために、初めて北海道を訪問しました。 行きは切羽詰まった受験生、飛行機で新千歳に降り立ったのですが、帰りはやはり鉄道で帰ろうというわけで、 いっしょに受験...
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  • 中島松樹様(71) 長野県軽井沢町 元郵便局員 鉄道に関わるおもしろい話といえばね、明治26年の4月に碓水アプト式トンネルが開通して、その26年4月に伊香保にいた徳富蘆花が鉄道省の列車の初乗り招待でやってきた。 しかし、その日は雨で全然景色...
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  • 竹田利夫様(86) 宮崎市 元宮崎駅職員 私が宮崎駅に就職したのは昭和13年1月、17歳の時でした。電信掛として勤務しましたが、3年後には戦争で兵隊へ。昭和21年の9月に復員しました。 終戦直後は、お客さんが1日も早く乗降に不便のないように...
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  • 福中皓三 様(81) 鎌倉市 私は、昭和30年ごろ、30歳前後で東京から鎌倉に移り住んだのですが、小学生のころから、夏になるとちょくちょく鎌倉の貸別荘に遊びに来ていました。 当時は、別荘といっても今でいう別荘とは違って、小さな家でした。その...
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  • 磯正勝 様(62) 熱海市 丹那屋主人 熱海駅前の仲見世通りに饅頭屋「丹那屋」ができたのは、私が生まれるより前、昭和9年のことでした。この年は、丹那トンネル開通の年。トンネル開通とともにできたお店です。 私は3代目。昔は、お土産に日持ちがす...
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  • 三上敏和 様(74) 新潟県上越市 元国鉄職員戦争中の人手不足で、私は13歳で国鉄の職員となりました。最初に入ったのが上野変電所で、アメ横に面するガードのあたりにありました。私と同時期に入っ た人は2人いて、ともに2歳上でした。戦争が終える...
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  • 荒瀬正廣 様(56) 下関駅弁当勤務第7代目の下関駅長藤本さんが(下関駅弁当の)2代目社長でした。12代目、17代目、22代目、27代目の駅長も、駅長を務めた後、社長に就きました。 国鉄時代は、駅長を務めた人が社長になっていたものでした。今...
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  • ・昭和2(1927)年4月1日─小田原急行小田原線全線が開業しました。初乗旅客運賃は 大人5銭、小児3銭でした。当時の小田原線の駅総数は38駅でした。・昭和2(1927) 年10月15日 ─小田原線で急行電車の運転が開始されました。・昭和3...
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  • ・明治18(1885)年3月1日─赤羽駅†品川駅開通。日本鉄道開業。開設当時の渋谷駅の位置は、現在の埼京線ホームの恵比寿部分にあたります。渋谷駅が現在地に移転したのは大正9年。 ・明治40(1907)年8月11日 ─玉川電気鉄道線(後の東急...
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  • ・明治5(1872)年6月5日─国鉄東海道本線川崎駅開業(横浜†品川間仮開業)。初運転当時の運転回数は1日2往復。料金は片道上等1円50銭、中等1円、下等50銭でした。米一升が5銭だった当時の貨幣価値から考える、利用者はまだまだ限られていま...
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  • ・明治5(1872)年9月12日─新橋駅(初代)開業。日本最初の鉄道が新橋†横浜間に開通しました。これに伴い、品川、川崎、鶴見、神奈川の各駅が開設され、駅の歴史が始まりました。 ・明治6(1873)年9月15日─新橋†横浜間で初の貨物輸送を...
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  • ・明治26(1893)年─政府の諮問機関として設置された鉄道会議にて、甲武鉄道新宿†飯田町間の建設が認められました。 ・明治27(1894)年10月9日─甲武鉄道開業(新宿駅†牛込駅)。 ・明治28(1895)年4月3日─飯田町駅†牛込駅開...
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  • ・明治23 (1890) 年11月1日─秋葉原貨物取扱所として開業。日本鉄道(現在の東北本線。開業答辞は秋葉原線と呼ばれていました)が上野から秋葉原まで線路を延長し、貨物駅秋葉原貨物取扱所として開業しました。当時は船で物資の搬出入を行って...
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  • 明治時代の駅前旅館・大黒屋・明治14(1881)年頃─室孝二郎、東京†新潟間の鉄道実現に向け動き始める。現在の信越本線敷設のため、尽力した室孝二郎。現在も、その功績をたたえる石碑が高田公園内に建立されています。・明治17(1884)年─室孝...
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  • ・明治30(1897)年2月21日─高松駅開業。讃岐鉄道の駅として開業しました。当時の駅は現在地より南西に位置しました。 ・明治37(1904)年12月1日─山陽鉄道の駅になりました。 ・明治39(1906)年12月1日─鉄道国有法により国...
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  • ・大正14(1925)年頃─箱根土地株式会社が学園都市構想を計画。堤康次郎が経営する箱根土地株式会社(現在のプリンスホテル)が、当時谷保村だった現在の駅舎周辺を学園都市として開発することを計画しました。・大正15(1926)年4月1日 ─国...
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  • 明治5(1872)年5月7日─横浜停車場開業。高島易の祖、高島嘉右衛門らが私財を投じて埋め立て事業を行い、鉄道を横浜まで引きました。場所は現在の桜木町駅でした。駅舎は新橋駅と同じ形、双子の駅舎だったのです。 明治5(1872)年9月12日─...
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  • ・明治39(1906)年12月15日─中央停車場(現東京駅)の設計に着手。建築学の権威であった辰野金吾博士により設計がなされました。 ・大正3(1914)年12月14日─東京駅諸工事竣工。18日に東京駅開業記念式典を開催、20日に東京駅が開...
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  • ・明治18(1885)年3月1日─新宿駅開設。日本鉄道会社品川線(現山手線。品川†赤羽間の20.8†)が開通しました。・明治22(1889)年4月11日 ─甲武鉄道会社、新宿†立川間(現中央線)開通。8月11日に立川†八王子間が開業し、新宿...
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  • ・明治13(1880)年11月28日─札幌駅開業。札幌・手宮間鉄道汽車運転式が挙行されました。 札幌駅 初代駅舎(明治15年)・明治15(1882)年1月─札幌駅改築。駅舎は2代目になりました。 機関車が走る駅構内(明治22年)・明治39(...
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  • ・明治21(1888)年5月─イギリス人宣教師・ショー氏、別荘を建設。軽井沢の別荘第一号と言われています。 ・明治21(1888)年9月5日─碓氷馬車鉄道開通。横川駅前から軽井沢まで開通しました。 ・明治21(1888)年11月20日─軽井...
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  • ・大正2(1913)年8月─宮崎県営鉄道油津線(油津†飫肥)開業。 ・大正2(1913)年10月─宮崎駅舎完成。この時はまだ線路が未開通のため、開業できませんでした。 ・大正2(1913)年12月─宮崎県営軽便鉄道妻線開業(宮崎†福島)。国...
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  • 開業当時の鎌倉駅舎(明治20年代頃)・明治22(1889)年6月16日─横須賀線鎌倉駅開業(大船†横須賀)。海軍の軍港がある横須賀への連絡を目的として、海軍大臣西郷従道、陸軍大臣大山巌らの請議により実現しました。 ・明治42年(1909)...
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  • ・明治15(1882)年─療養で熱海に来た実業家・雨宮敬次郎が、当時人力車しかなかった交通に不便を感じ、地元有志と人車鉄道の建設計画を始めました。・明治28(1895)年7月10日 ─豆相人車鉄道開業(熱海†吉浜)。日本初の人車鉄道でした。...
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  • ・明治16(1883)年7月28日─日本鉄道会社によって開業(上野-熊谷)。日本鉄道会社は岩倉具視が主唱し、華族を中心とした人達の出資によって設立されました。・明治17(1884)年─高崎まで開通。・明治18(1885)年7月─新駅舎竣...
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  • ・明治31(1898)年12月1日─山陽鉄道赤間関停車場(仮称)着工・明治34(1901)年5月27日─山陽鉄道 「神戸」-「馬関」間全通。開通式、営業開始 「馬関駅」開業。馬関駅に関門桟橋設置 馬関-門司間に関門連絡船開業・明治35(19...
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